LuckyOceanのブログ

新米技術士の成長ブログ

メタ認知から皇紀と仏陀の誕生日

はじめに
スケッチを大好きな親戚の女の子の話をしていた時に、その子はとても自分や家族を客観的に見ているという話があり、それは「メタ認知」能力がとても高い女の子なんだねと話をした。つまり、自分のことも家族のことも友達のことも少し離れた立場から客観的に見るという能力が高いという意味だ。でも、その用語に馴染みがなく、その言葉を初めて聞いたようで、少しビールも入っていたからだろうか、「???』という反応だったので、「メタボのメタと認知症の認知です」と言ったら、「メタボで認知症?」と繰り返された。メタというのは、メタボの略ではなく、一段高いところといった意味のギリシャ語に由来する言葉ですといったら少し理解して貰えたようだ。

メタ
個人的には、このメタという概念はとても好きだ。でも、あまり日常的に使う言葉ではないかもしれない。メタを使った用語を幾つか列挙すると、メタ言語とか、メタ理論とか、メタ認知とかだろうか。
1) メタ言語:言語を記述する言語
2) メタ理論:理論を理解するための理論
3)メタ認知:認知を認知

孔子の言葉
子曰:「由、誨女知之乎!知之為知之、不知為不知、是知也。」これは、有名な論語の為政(いせい)第二の17の言葉だ。今の言葉で言えば、お前に知るということを教えてあげよう。それは知っていることを知っていると認め、知らないことを知らないと認めることだ。これこそ本当に知るということだ。

メタ認知
この孔子の教えはメタ認知の教えだったとも言えるだろう。人は知っていることと知らないことをぼんやりと考えていることが多い。そして、知らないことや興味のないことには関心がそもそもないので、知らないとも思わない。そして、何かを調べて、何かを勉強していくと、自分はいかに無知だったかを知って疑問が湧いてくる。就学前の子供たちが親や大人に何で?なぜ?と聞くのと近いのかもしれない。なぜだろうと悩むのはなぜだろうと悩む(笑)。

技術士の勉強
技術士にチャレンジしようと考えている人も、まず最初は「自分が何も知らないことを知らない」レベルだ。でも、少し勉強していくと「どの点を知らないかを知る」レベルになる。何を知らないか、何を理解していないかを知ることができれば、単にそれを理解すれば良いだけだ。しかし、学べば学ぶほどに疑問が生じる。興味が生じる。「結局、人間というものは何も知らないし、何も理解していないものだと知る。」レベルになるとかなりの上級なのではないだろうか。

謙虚さ
老子も同様に「天下有道、却走馬以糞、天下無道、戎馬生於郊。罪莫大於可欲、禍莫大於不知足、咎莫惨於欲得。故知足之足、常足矣。」と老子の第四十六章に残している。これは要約すれば「足るを知るの足るは、常に足る」だ。つまり、欲望は果てしないものだ。満足することを知らないと災いが起きる。ほどほどで満足することが一番という感じだろうか。

孔子老子ブッダ
孔子老子より年少で孫のような年代だが、ブッダはその孔子よりもさらに年下だ。しかし、日本語のWikiには老子ブッダの生誕と死去は不明と書かれている。英語や韓国語のWikiを見ると色々な年代が書かれているがどれが本当かよく分からない。
 孔子:紀元前552年に誕生し、紀元前479年に74歳で死去。
 老子:紀元前604年に生誕(?)し、紀元前531年に死去(?)。
 仏陀:生誕年不明、死去年も不明、ただし、80歳で死去。

孔子老子仏陀を手渡す画
下の図は、老子を調べていて、その延長で道教を調べていた時にWikiに掲載されている図だ。道教(どうきょう)とは、中国三大宗教の一つである。中国三大宗教とは、三教とも言い、儒教と仏教と道教のことだ。仏教と儒教は有名だが、道教はあまり聞きなれないかもしれないが、陰陽勾玉巴のマークを見た人は多いだろう。下の図は仏陀が生まれて1歳ぐらいだろうか。そうすると、2mを越す巨人の孔子が赤子の仏陀を抱いている。老子は、孔子よりも52歳も年長だ。老子がなくなる紀元前531年には孔子は21歳の青年だ。この絵が本当ならブッダは紀元前530年ごろに生まれたことになるが真相はどうなのだろう。
f:id:hiroshi-kizaki:20180319132540p:plain
(出典:Wiki、参考1)

老子孔子よりも年長
紀元前523年に孔子老子と会っていて、老子孔子にその別れ際に声をかけている。「人を送るさい、富者は財物をはなむけ、仁者は言葉をはなむけるという。私は冨者ではないから、せめて仁者のまねごとをさせてもらおう。聡明で洞察力に富んでいながら、死の危険にさらされる人がいるが、それは他人を批判しすぎるからである。雄弁かつ博識でありながら、その身を危うくする人がいるが、それは他人の悪をあばくからである。およそ、社会関係のなかに生きる者は、自己主張を控えなければならない」と老子が話をしたという。孔子の青年期には血気盛んで人と張り合うことがあったのだろうか。紀元前523年だと、老子は81歳で、孔子は29歳だ。しかし、老子は紀元前531年に死去したとあり、紀元前523年に孔子を見送ることはできなかったはずだ。何が本当なのだろう。つじつまがなかなか合わない。だから日本語のWikiでは年代を不明としているのかもしれない
(出典:孔子年表、参考2)

皇紀と西暦とタイ暦
みなさまは皇紀をご存知でしょうか?これまで紀元前と普通に書いていたが、戦前には紀元というと、皇紀を刺したという。皇紀とは、日本国の初代天皇である神武天皇の即位をスタートとする暦だ。現在2月11日は建国記念日だが、これは旧暦では1月1日であり、まさに皇紀元年1月1日だ。西暦で言えば紀元前660年だ。タイにもタイ暦がある。これは仏滅紀元(ぶつめつきげん)とは、釈迦が入滅した翌年を元年とする紀年法である。仏暦(ぶつれき)とも言う。つまり、キリスト教に基づく暦が西暦であり、仏教に基づく暦が仏暦であり、神道に基づく暦が皇紀となる。
(出典:タイランドはイバーリンクス:参考3)

釈迦とブッダ
お釈迦様とは仏様のことであり、ブッダのことだと思っていた。でも、なんだか調べると釈迦とブッダが同義なのか、同義でないのか訳が分からなくなった。釈迦は北インドで生まれた仏教の開祖だ。釈迦は、サンスクリット語ではガウタマ・シッダールタだ。一方、ブッダは「目覚める」を意味するブドゥに由来し、「目覚めた人」だ。もともとは宗教一般において、すぐれた修行者や聖者に対する呼称だ。ブッダの漢字役は仏陀であり、仏陀の略が仏だ。仏教仏像などの言葉はこの派生語だ。
タイ暦が紀元前543年だが、これは南伝仏教による説に準拠した暦となる。しかし、仏陀が紀元前624年生まれだと孔子よりも、老子よりも年長となる。やはり訳がわからない。
 紀元前1029年 - 紀元前949年 : 道元が著わした「正法眼蔵」による説
 紀元前624年 - 紀元前544年 : 南伝仏教による説
 紀元前566年 - 紀元前486年 : 北伝仏教の『衆聖点記』による説
 紀元前466年 - 紀元前386年 : 宇井説
 紀元前463年 - 紀元前383年 : 中村説
(出典:Wiki、参考4)

まとめ
メタ認知の話を書いて終わろうとしたけど、つい孔子老子に興味を抱き、調べていくうちに孔子仏陀を抱いて、老子に渡す絵を見つける。孔子老子の生誕年や死去された年はほぼわかったがなんと仏陀の生誕年や死去年には諸説あるようだ。なぜそんなことが起きるのだろう。この前母親に聞いたら浄土宗だという。浄土真宗と違って由緒正しいという。でも、天台宗の方がもっと古い。しかし、その元になるブッダと釈迦は同一人物なのかどうかも、いつ生まれて、いつ死んだのかもわからないというのは、まさに我知らずを知らず=メタ不認知ではないだろうか。まあ、とりあえず、メタボにも認知症にもならないように健康的な生活をして、足を知りますか。

以上

参考1:https://ja.wikipedia.org/wiki/道教
参考2:http://www.niigata-ogawaya.co.jp/rongo3/nenpyou2.htm
参考3:http://www.thaich.net/news/20170101aa.htm
参考4:https://ja.wikipedia.org/wiki/釈迦