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量子コンピュータ(1):量子の基本概念

はじめに
日本技術士会の情報工学部会において東京工業大学の西森秀稔教授による「量子コンピュータの最新動向」と題した講演があり、タイミングがあったので拝聴した。量子コンピュータについては、名前を聞いたことはあるけど、なんだかよく分からないという方が多いと思う。以前から一度ブログでまとめてみたいと思っていたが、西森教授の話を聞くと、ストンと腑に落ちる部分が多かった。この講演会で聞いたことと、ネットで色々と調べたことを整理して、量子コンピュータの基本的な概念とか、方式、応用分野、今後の研究開発の方向性などについてまとめてみた。書いていると長くなったので、2つに分ける。(1)は基本概念だが、これは難解だ。難しいことは好きでない人は(2)の概要と課題の方だけ読んでも理解できるようにしたつもりだ。

(構成)
 1. 量子コンピュータを理解するための基本概念
 2. 量子コンピュータ概要
 3. 量子コンピュータの今後の課題

1. 量子コンピュータを理解するための基本概念
1.1 量子とは

量子コンピュータがよく分からない理由はそもそも量子が分からないためだ。では量子とは何か?Wikiによると量子(quantum)は物理量の最小単位であるとある。これでも分からない(笑)。頑張って英語のWikiを見ると、量子とは相互作用に関与する物理的実体の最小量だという。つまり、物理的性質の大きさが一つの量子の整数倍からなる離散的な値しか取れないことを意味するとある。こちらの方が分かりやすいか。でも、少し待った。物質を構成する最小の単位とは素粒子(elementary particle)ではないのか。文部科学省のホームページを見ると、「量子とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手だ。光を粒子としてみたときの光子やニュートリノクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。」とある。解説の図も添付されていた。そして、この量子は、粒の性質と波の性質があり、これを粒子と波動の二重性(Wave–particle duality)という。そして、その量子の量は、エネルギーとスピンといった物理量に最小単位があるので、そもそもデジタル化されている。しかも、その量子の波は、無限次元のヒルベルト空間に住んでいる。なんだか逆にどんどん謎が増えてきたように感じるのは気のせいだろうか。
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(出典:左は文部科学省/参考1、右はスーパーサイエンスガール/参考2)

1.2 焼きなましとは
焼きなましとは、金属材料を熱したあと徐々に冷やし、材料の内部の結晶構造を整える手法だ。WIkiで見ると、焼なまし(annealing)とは加工硬化による内部のひずみを取り除き、組織を軟化させ、展延性を向上させる熱処理であるという。さすがに格調が高い。量子コンピュータの仕組みは、量子ゲートと呼ばれる方式と量子焼きなましと呼ばれる2つの方式が有力であり、後者の量子焼きなましの仕組みは、この焼きなましの概念が活用されているので重要なキーワードだ。
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(出典:コトバンク、参考3)
1.3 スピングラス理論とは
量子コンピュータを理解する上でもう一つ重要な概念はスピングラス理論だ。スピングラス(spin glass)とは、金や銀、銅のような非磁性の金属や合金に電子スピンをもった磁性体を薄い濃度で混ぜて、磁性体の電子スピンが乱雑なままの物質だ。強磁性体とは下の図(左)のように磁場をかけると単一の方向に揃う鉄のような物質だ。また、反強磁性体とは、下の図(中)のように、隣り合うスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列して磁気を打ち消す酸化マンガンや酸化ニッケルなどの絶縁体だ。一方、スピングラスとは、下の図(右)のように、磁性体の電子スピンが乱雑なまま固まった物質だ。このスピングラス理論と焼きなまし理論を組み合わせたら量子コンピュータに活用できるのではないかと考えたのが、量子アニーリングの基本原理を提唱した東京工業大学の西森秀稔教授と当時の大学院生の門脇正さんだ。西森教授は当時、面白そうなので研究したと発言されていた。つまり、量子コンピュータの仕組みは日本発のアイデアだったということだ。素晴らしい。
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(出典:慶應大学、参考4)

1.4 量子アニーリングとは
量子アニーリングとは、トンネル効果や焼きなまし効果、イジング(Ising)モデルを活用して、量子コンピュータを実現する手法だ。量子アニーリングの仕組みは、前述の通り西森秀稔教授と門脇正史さんが1998年に提唱し、それをカナダのD-WAVE社が実用化した。当初はその信ぴょう性を疑問視する声もあったが、Google社やNASAが導入し、話題となった。量子アニーリング方式は、組合せ最適化問題を得意としている。米国の国家情報長官室(Office of the Director of National Intelligence)の情報先端研究プロジェクト活動(IARPA)でもこの量子アニーリング方式を使われていて、西森教授も協力している。量子アニーリングは、統計物理のシミュレーションで扱われるモデルの一つであるイジングモデル(Ising model)利用して計算するものだ。例えば、D-Wave社の量子アニーリングマシンの基本素子は、1ミクロン以下の金属リングに超電導状態の電流を流す。そして、このリングには右回りの電流と左回りの電流が同時に存在する奇妙な状態が発生するが、半分ジョークで「なぜそうなるかは聞かないでください」という。
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(出典:ITpro、参考5)

1.5 量子トンネリング
量子コンピュータでは、トンネル効果を利用します。トンネル効果というと1973年にノーベル物理学賞を受賞された江崎玲於奈さんを連想する方も多いでしょう。1925年3月12日生まれなのでもうすぐ誕生日だ。ただ、江崎さんが発明したのはエサキダイオードであり、トンネル効果は”シュレーディンガー方程式”で数学的に説明される。トンネル効果(Tunneling Effect)とは粒子があたかも障壁にあいたトンネルを抜けたかのように通過する量子力学的現象だ。これは量子の波動の原理だ。ハイゼンベルク不確定性原理と物質における粒子と波動の二重性を用いて説明されることが多い。量子トンネリングは1nmから3nmの障壁で起きやすい。コンピュータチップの微細化の限界を決める漏れ電流も量子トンネリングで説明できる。
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(出典:Wiki、参考6)

1.6 量子エンタングルメント
量子エンタングルメントとは、2つの量子的な粒子の片方に行った観測がもう片方の粒子に影響を与えるという現象だ。量子絡み合いや量子もつれともいう。瞬間かつ、どれだけ離れていても影響するので、これを活用したものが量子テレポーテーションだ。物理的に移動するのではなく、通信に利用するという考えだが、粒子間で情報が伝達されたわけでもない。このような現象をERRパラドクスともいう。EPRとは、アインシュタインポドルスキー=ローゼン(Einstein-Podolsky-Rosen=EPR)の略だ。量子テレポーテーションのような量子力学量子もつれ状態は相対性理論と両立しないのという主張だ。1982年にはベルの不等式の検証により、量子論では局所実在論が破綻するので非局所的な量子もつれ状態はEPR相関という。やはり、調べれば調べるほど分からなくなる。これ以上続けると読者がさじを投げる姿が見えそうなので、もう少しわかりやすい内容に進むことにする。

シリーズ(2)に続く
2. 量子コンピュータ概要
3. 量子コンピュータの今後の課題

参考1:http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/ryoushi/detail/1316005.htm
参考2:http://dreistein.hatenablog.com/entry/2015/05/07/080000
参考3:https://kotobank.jp/word/焼きなまし-780380
参考4:https://www.st.keio.ac.jp
参考5:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140514/556564/?ST=system&P=6
参考6:https://ja.wikipedia.org/wiki/トンネル効果