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人口減少と人口増加はどちらが問題なのだろう。

はじめに
人口問題を論ずるのはちょっと荷が重い。しかし、最近の論調を聞いていると本当なのかと疑問に感じることも多い。日本の人口は2050年には1億人まで減少し、2100年には5千万人レベルまで低下するという予測がある。しかし、それはあるべき姿なのだろうか。我々の子供や孫やひ孫が幸せを感じて生きるような国となるためには、どの程度の人口が望ましいのだろうか?そんなことを考えてみたい。

適正な日本国民の人口とは?
総務省国税調査に基づく人口推定では、2004年をピークに2050年には1億人を割り込み、2100年には5千万人を割り込むという予測がある。これはあくまで予測だ。あらゆる経済指標には予測はあるが、必ずしもその通りにはならない。
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 出典:https://www.soumu.go.jp/main_content/000273900.pdf

人口は多い方が良いのか、少ない方が良いのか
大事なことは予測ではなく、我々の意思ではないのだろうか。意思があっても、意思通りには進まないけど、意思がなければ、それは成り行きまかせだ。

食料問題は限界か
世界の人口爆発が進んでいる。2050年には97億人、2100年には110億人に達するという。そんなに人口が増えたら食料が不足する。環境問題も解決できないと心配する。しかし、米国農務省の発表資料を見ていると、穀物の生産量は、消費量の増大に追随して増大している。世界のために日本人が犠牲になって人口抑制をするべきなのだろうか。2100年に日本の人口が5千万人まで減少させることが世界のためになるのだろうか。優秀な日本人はもっと世界で活躍するというシナリオがあってもいいのではないだろうかと思う。
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 出典:https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h21_h/trend/part1/chap1/c1_01.html

日本から世界への農水産物の輸出高の推移
財務省「貿易統計」によると、2013年には5500億円規模だった農水産物の輸出額は増加傾向にある。2019年の目標にしていた1兆円の達成は難しいようだが、これが限界ではない。日本が得意な農水産物を磨いて行けば、例えば、2050年には海外への輸出額は10兆円を目指してもおかしくない。農水産物の伸び代はまだまだ大きい。日本の市場を考えて農水産物を生産する時代ではない。補助金狙いで農水産業をするような体質ではなく、正々堂々と世界の市場に日本の農水産物を輸出すれば、明るい日本が描けるのではないか。
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 出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000288.000026157.html

Oisixの高島社長
レシピとそのレシピで料理をするための食材をセットにしたミールキットが好調だ。今日は、このオイシックス・ラ・大地株式会社の高島社長の話を聞く機会があった。海外のビジネスマンからは、非常に興味深いビジネスモデルだ。いったい世界の何カ国でビジネスをしているのかと聞かれるという。Oisixは日本を中心に展開している。海外といえば香港で少しやっている程度だという。そうすると海外のビジネスマンは絶句するらしい。信じられないという。
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 出典:https://www.oisixradaichi.co.jp/news/posts/kit_ninchi/

人類のためのプラットフォームビジネス
現在の日本では、日本人がビジネスをするときは日本人の市場をまず考える。しかし、海外のビジネスマンは、世界の人類を対象にしてビジネスを考えて、どこから攻めるかといった戦略を構想する。この発想の違いは大きい。Oisixのコアビジネスは、お客様のためにOisixやRadish Boyaなどの個々のサービスを提供する事業ではなく、それを統一的に提供するプラットフォームビジネスではないかと思う。日本で成功したサービスをそのまま海外に持ち込んでも成功するかどうかは微妙だ。しかし、海外の市場に合わせてサービスを提供したい人たちをサポートするプラットフォームビジネスを展開し、彼らのビジネスを成功させることが結果的にこのサービス群を成功させることになるのではないだろうか。
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 出典:https://www.stockclip.net/notes/3939

かつての課題は人口増だった。
日本政府は、1974年に少子化宣言をして、少子化を推進した。そして、この時の目的は人口増にストップを掛けることだった。しかし、これは少子化推進の最初ではない。2回目だ。では、1回目はというと戦後のGHQの指示によるものだった。戦前は中絶は違法行為だった。しかし、戦後、1949年(昭和24年)の法改正により、中絶が合法化された。1952年(昭和27年)には中絶に対して地区優生保護審査会の認定を不要とした。当時日本の統治下になかった沖縄では、ベビーブームに対して保育園が増設されたが、日本国内では産婦人科が増設された。出生数はその後激減したが、出生予定数は減少していない。減少分はつまり、中絶数というのは知りたくない悲しい歴史だ。
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 出典:http://wildriverpeace.hatenablog.jp/entry/2017/11/15/200358

人口の増減とタイムラグ
2度にわたる人口抑制の効果が出たのは2004年だ。つまり、1974年から数えても30年かかる。日本政府が少子化に歯止めを聞かそうと決心しても、その効果が出るのは30年後と見るべきだろう。でも、逆にいえば本気で少子化を止めようと思えば、2050年以降も1億人という水準を維持することはできないものか。高齢者の多死フェーズに入るのは確かだが、どのような少子化対策を進めるのかが問題だ。

イデアのブレスト
少子化の抑制は簡単な問題ではない。禁じ手を含めて、批判は覚悟でアイデアを列挙したい。

案1)沖縄を参考にした少子化対策
沖縄では、子供の養育は母親ではなく、祖母の担当だ。しかも、20歳で子供をうむのも珍しくない。そうするとどうなるかというと、20歳で子供産む、その時点での仕事は続ける。育てるのは祖母。そして、その子供が20歳になって、子供を産む。それまでしていた仕事は卒業して、子育て(孫育て)に切り替える。しかし、それでも祖母は40歳。産むのは20才の娘だけど、育てるのは祖母を中心にした家族だ。母体も若く健康だ。

案2)都会で実現可能か
沖縄方式が都会で可能か。男女問わず大学への進学率が高い。20才というとまだまだ学生の娘も多い。日本では母子家庭に冷たい。学生で結婚する。もしくは学生時代に子供を産んで、育てて、少し手がかからなくなったら、卒業して、就職する。なかなか課題は山積だけど、少子化の抑制には有効だろう。

案3)シングルマザーの勧め
日本ではワーキングプアという。母子家庭の子供は貧しく、必要な教育も受けられず負の循環から抜け出せないと言われる。その負の循環をどこで立ちければいいのだろうか。一つは、生活保護の強化だろうか。北欧と日本の違いの一つは、シングルマザーの扱いだ。シングルマザーをクールと考えるような支援策をもっと強化できないものだろうか。

案4)低下する年収の歯止めと子供手当
保育園問題がよく議論される。しかし、本当の問題は、共稼ぎでないと生活できないほど年収が低下していることではないか。女性は、キャリア志向の人もいるけど、結婚して主婦になって子育てに専念したい人もいる。しかし、夫の年収を考えると自分も働かないとまともな生活ができない。でも、保育園にも預けることもできない。どうすれば良いの!そこが最大の問題なのではないだろうか。子供が生まれたら20才になるまで年間100万円を子供手足として支給とかすれば、反応する人はどれぐらいいるのだろう。

まとめ
少子化をストップする方法は簡単ではないし、重い課題だ。しかし、大切なことは、生まれる赤ちゃんも、その両親も、家族もハッピーを感じられるような社会にすることだ。結婚しないのではなく、結婚できない。子供を作らないのではなく、子供を作れない。そんな声に耳を傾けて、少子化対策を進めれば、あるべき人口に軟着陸しないだろうか。2100年にどの程度の国民規模にしたいのかという意志をまずは固めることが大切だと思う。

以上

最後まで読んでいただきありがとうございました。