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TPP11の影とリスク

はじめに
技術士は、技術に関する専門家を目指すべきだが、同時に日本国の公共の福祉に貢献することも求められている。そして、現在議論されているTPPも日本の国益に大きな影響を与える可能性がある。法律の専門家ではないが、技術士として最低限の理解は深めておく必要があるだろう。そんな気持ちから現状の理解にトライしてみた。

TPP条約とは
トランプ大統領がTPP条約から離脱する大統領令に署名したため、残る11ケ国でTPPを行うのか、それとも米国の参加を促すのかといった状況だ。つまり、米国政府はTPPに反対しているが、日本政府はTPPに賛成している状況のように見える。そもそもTPPとは、環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement またはTrans-Pacific Partnership)の略だ。2016年2月4日に署名されたが、米国が不参加のため、米国を除く11ヶ国で2017年11月に大筋合意が確認された。

正式署名はなされるのか?
2018年3月8日にチリで11ヶ国による署名式が行われる予定だと言う。11ヶ国による協定の名称は包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)だ。仮にTPP11としておく。冬季オリンピックの期間でもあるためか、TPP11の最終内容がどうなるのかといった報道は新聞やテレビではあまり報道されていない。大丈夫なのだろうか。

TPP11の合意内容
内閣官房TPP等政府対策本部は2017年11月11日にTPP11協定の合意内容を発表している(参考1)。基本的な内容に絞った合意内容だ。正式な言語が英、仏、西となっていて、公式な言語として日本語が追加されていない点が残念だ。英語が得意でない日本人は気がついたら不利な条約内容だったということにならないように細心の注意と公開が必要だ。特に、第2条の特定の規定の適用の停止に注目が必要だ。
 第1条 TPP協定の組込み(incorporation)
 第2条 特定の規定の適用の停止(凍結)
 第3条 効力発生(6か国の締結完了)
 第4条 脱退
 第5条 加入
 第6条 本協定の見直し(review)
 第7条 正文(英、仏、西)

特定の規定の適用の停止
注目されたISDS関連規定は凍結項目だ。しかし、個人的には凍結ではなく、削除として欲しかった。TPP11で凍結された項目には、次のようなものが含まれる。情報通信関連に規定も多い。日本の憲法では、国内法よりも条約を優先すると規定されている。しかし、米国の法律では条約よりも国内法を優先するという。このあたりに、敗戦国としての劣位性が未だに残っていると感じる。
参考:凍結項目
急送少額貨物(5.7.1(f)の第2文) 〇ISDS(投資許可、投資合意)関連規定(第9章) 〇急送便附属書(附属書10-B 5及び6) 〇金融サービス最低基準待遇関連規定(11.2等) 〇電気通信紛争解決(13.21.1(d) 〇政府調達(参加条件)(15.8.5) 〇政府調達(追加的交渉)(15.24.2の一部) 〇知的財産の内国民待遇(18.8(脚注4の第3~4文)) 〇特許対象事項(18.37.2、18.37.4の第2文) 〇審査遅延に基づく特許期間延長(18.46) 〇医薬承認審査に基づく特許期間延長(18.48) 〇一般医薬品データ保護(18.50) 〇生物製剤データ保護(18.51) 〇著作権等の保護期間(18.63) 〇技術的保護手段(18.68) 〇権利管理情報(18.69) 〇衛星・ケーブル信号の保護(18.79) 〇インターネット・サービス・プロバイダ(18.82、附属書18-E、附属書18-F)〇保存及び貿易(20.17.5の一部等)〇医薬品・医療機器に関する透明性(附属書26-A.3

ISDS関連規定
日本の国益に大きな影響を与える可能性がある規定の一つがISDSだ。このISDSは、投資受入国の協定違反によって投資家が受けた損害を金銭等により賠償する手続を定めた条項であり、Investor-State Dispute Settlementの略だ。ISDSは日本語で言えば、投資家対国家の紛争解決だ。世界の大資本家が国家を相手に訴訟できるという仕組みだ。これまでの実績では、ISDS条約を締結した国々で投資家から訴訟を起こされると全て投資家の勝訴となっているという。本当なのだろうか。全てかどうかまではわからないが、Wikiで見ると、次のような事例が報告されている。
1) SD Myers事件:カナダのPCB廃棄物を処理した米国系企業がカナダ政府を提訴。カナダ政府は5300万ドルの賠償を命じられた。
2) Metalclad事件:米国法人Metalclad社はメキシコ法人COTERIN社を買収した。しかし、建設中止命令が出され、国際法に違反していると認定してメキシコ政府は賠償を命じられた。
3) Tecmed事件:Tecmed社がメキシコに設立した子会社Cytrarの産業廃棄物処理事業の免許更新が拒否され、メキシコ政府の措置が環境保護目的に偽装した規制であるとして、Tecmed社の訴えを認めた。
4) エチル事件:カナダ連邦政府MMT(ガソリン添加剤メチルシクロペンタジエニルマンガントリカルボニル)を1990年に有害物質として1997年にMMTの国内外の流通を規制したが、1998年に規制を撤回した。同年に、操業停止に追い込まれたエチル社がカナダ政府を提訴し、カナダ政府はエチル社に1300 万ドルを払って和解した。
5) ADMS事件:アメリカ法人が、メキシコの砂糖以外の甘味料について課税措置が、砂糖事業者への優遇措置であるとして提訴し、内国民待遇違反を認定した。
6) アズリックス事件:米企業エンロンの子会社アズリックス社は、ブエノスアイレス州の水道サービスの民間コンセッションを1999年に受託するが、2002年に州政府を契約違反で提訴した。最終的に約1億6,500万ドルをアズリックス社に支払うよう命じられた。ただし、収用違反は認定されていない。
7) ヴィヴェンディ事件:フランスのヴィヴェンディ社の子会社CAA社は、アルゼンチンのトゥクマン州上下水道の民営化事業を1995年に受託した。その後、水道水の濁りが発生し、CAA社に罰金等の賦課を行い、料金の徴収を差し止めた。1997年にCAA社は州政府を提訴し、州政府はヴィヴェンディ社に約1億ドルの賠償金を支払うよう命じられた。

なぜ米国の企業が常に勝訴するのか
国内であれば、国家と私企業の紛争は国内の裁判所が判断する。国家が勝訴するケースもあるし、私企業が勝訴することもある。しかし、TPPへの適用が検討されていたISDSでは、世界銀行の傘下にある国際投資紛争解決センターが裁判所の機能を担う。そして、この世界銀行の本部は米国ワシントンD.C.にあり、加盟国は189ヶ国だ。世界銀行の意思決定機関は、総務会であり、最も票数が多いのは米国の15.85%だ。代表も歴代米国のエスタブリッシュメントが就任している。つまり、米国大資本家から提訴された場合に、それを裁定するのは実質的に米国大資本家だという。条文を作成したのも米国系企業の顧問弁護士軍団だとしたら、確かに戦う前から勝てない勝負だろう。

米韓自由貿易協定(FTA)
韓国は米国とのFTAを2007年に締結した。米国では2011年に下院と上院を問題なく通過したが、2011年に韓国国会に批准同意案が提出された時には韓国国会が荒れて、67人が逮捕されたという。そして、この米韓FTAにはISDS条項が規定されている。さらに、米韓FTAにはラチェット規定も含まれている。これは韓国がいったん市場を開放すると、そのあとで再度規制しようと思っても規制できないという規定だ。韓国内では、毒素条項と呼んでいる。トランプ政権では、メキシコ及び韓国との貿易不均衡状態を指摘し、各国との自由貿易協定の見直し、停止を指示した。今後、協定の再交渉が行われるようだ(参考3)。日本のテレビや新聞では報道されないが、どのように見直しがされるのか、もしくはされないのかの注視が必要だ。

トランプ大統領の立ち位置
トランプ大統領は米国の企業家であり、資本家だ。しかし、米国の大資本家が牛耳るメディアと対立している。TPPは世界の1%未満の大資本家が国家を牛耳かねない仕組みと警鐘が鳴らされているが、トランプ大統領はそれを是正するホワイトナイトなのか、それとも大資本家の一部なのか。何れにしても賢明な判断のできる日本国政府は少なくともISDS規定やラチェット規定に合意しないことが必要だし、国民である我々はその検討状況をよく注視しておく必要があるだろう。

公共事業の民営化
特に懸念されているのが水道事業などの公共サービスだ。効率性を高めるという名目で民営化し、外資が受注した後に、利益を上げるために常識外の値上げを行うような事例もあったようだ。日本の法律の元で日本語の契約書に基づいて仕事を請け負うのであれば良いかもしれないが、ISDS規定を含むTPPの締結は最悪の事態が懸念される。つまり、ISDS規定によれば対象の公共事業のビッドに関する情報は英語で開示されている必要があり、米国系企業が受注して、紛争になった場合には国内法よりも効力の高いTPPの英文規定に従って政府が訴訟される。万一こんなことになったら、それは最悪の事態ではないだろうか。しかし、日本のマスメディアはなかなかそういう情報を展開しない。我々はどこから情報を入手して、ウオッチすべきなのか。

まとめ
技術士としては、真面目に技術的課題を解消するように頑張るしかない。しかし、不当に国民の利益を搾取されかねないリスクがあるとすれば、それを回避するか、軽減するが、移転する仕組みを真剣に検討することも必要なのではないだろうか。ISDS規定は、例えば日本企業が海外の事業を請け負うが、その場合に現地政府から不当な扱いを受けた時に訴訟できるというプラスの面もあるのかもしれないが、もしそのような効能を期待するのであれば、やはり公用語に日本語を追加すべきだ。現在は、ISDS規定を含む約20の規定が凍結されているので、最悪の事態は回避できているが、最終的にどのような形で合意されるかを見届けるまでは安心はできない。TPPは、技術的な問題ではないため、よくわからないことが多いが、引き続き見識を深める努力を続ける必要はあるように感じる。

以上
(追記)今朝(2/24)の日経朝刊を見ると、TPP11に関する記事が掲載されていた。しかし、関係国で調印して、各国の国会で審議して、実効はその先みたいな解説だった。日本経済新聞の新聞記者になるような方は、私と違ってちゃんと経済を勉強した優秀な人だろう。日本人のための日本人による日本の新聞としてのプライドを持って、これからも中立的な報道を是非期待したい。

参考1:http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/danang/171111_tpp_danang_gaiyo.pdf
参考2:https://ja.wikipedia.org/wiki/投資家対国家の紛争解決
参考3:https://ja.wikipedia.org/wiki/米韓自由貿易協定