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量子コンピュータ(2):概要と課題

前回は量子コンピュータを理解するための量子の基本的な概念を説明した。量子がよくわからないということを分かることが量子を分かるための最初のステップらしい。今回はもう少し分りやすいと思う。

(構成)
 1. 量子コンピュータを理解するための基本概念
 2. 量子コンピュータ概要
 3. 量子コンピュータの今後の課題

2. 量子コンピュータ概要
2.1 実用化されている量子コンピュータ

現時点で実用化されている量子コンピュータの最新作はカナダのD-WAVE社が提供しているD-WAVE2000Qだ。D-Wave社は、東日本大震災のちょうど2ケ月後の2011年5月11日に世界初の商用量子コンピュータD-Wave Oneを発表した。これは128量子ビット量子アニーリング方式で最適化問題を解くものだ。その後も、512量子ビット、1024量子ビット、さらに2048量子ビットと進化を遂げている。下の図(右)は最新のD-Wave 2000Qだ。外形は3mx3mの巨大なボックスだ。1台は1500万ドルと非常に効果だが、これは超電導の原理を活用するために液体ヘリウム冷却システムの技術を使っているためだ。下の図(左)はそのボックスの中身の写真とそれを拡大した写真だ。
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(出典:ScienceAlert、参考1)

2.2 量子コンピュータの3つの構成要素
量子コンピュータの構成要素は、下の図のように量子プロセッサー(QCU:Quantum Computing Unite)と、量子レジスターと量子メモリーだ。
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(出典:スライドシェア、参考2)

2.2 量子コンピュータの必要条件
1959年生まれの理論物理学者であるDavid P. DiVincenzoは、IBMの研究所に在籍時に、量子コンピュータの5つの最小要件の論文を発表した。必要条件として5つを指摘する。具体的には、量子ビットを初期化できること、量子ビットの状態を読み出せること、基本ゲート(回転ゲート等)を構成できること、コヒーレント時間>1回のゲートの動作時間であること、量子ビットの増加に伴い、規模や動作回数が急激に増大しない物理システムであることの5つだ。
(出典:Wiki、参考3&4)
2.3 量子コンピュータの有力な3方式
現在のコンピュータはデジタル式だが、真空管の時代ではアナログ方式のコンピュータが開発されたが、1980年頃には真空管が製造されなくなったため、世の中からフェードアウトした。量子コンピュータでは下の図のように3方式が現在、しのぎを削っている。量子ゲート方式はデジタル方式だが、量子アニーリング方式と量子ニューラルネット方式はアナログ方式だ。デジタル方式は汎用性があり、チューリングマシン型と言われているが、実用化が非常に難しい。一方のアナログ方式はイジングマシンで汎用性がないが、特定の組合せ最適化問題では威力を発揮する。
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2.4 量子アニーリング方式
D-WAVE社が、量子焼きなましの技術を活用して、128量子ビットの第1号機D-Wave Oneを2011年に実用化した。2012年には512量子ビットのD-Wave Twoを開発し、GoogleNASAが購入した。2013年には、NASAGoogle、USRAが共同で研究所を設立し、1024量子ビットのD-Wave 1000Qに対して1500万ドルを支払った。現在は2048量子ビット対応のD-Wave 2000Qも同程度と言う。
(出典:Quantiki、参考5)

2.5 量子ニューラルネットワーク方式
ImPACTというプロジェクトをご存知でしょうか。三代目J Soul Brotherのブルーインパクトではない。航空自衛隊ブルーインパルスでもない。内閣府主導のプロジェクトであり、革新的研究開発推進プログラムの略だ。現在、国家プロジェクトとして16のプログラムが推進されている。その一つが「量子人工脳を量子ネットワークでつなぐ高度知識社会基盤の実現」であり、量子コンピュータ、量子シミュレーション、量子セキュアネットワークといったテーマで検討されている。ここで対象とする量子コンピュータはコヒーレントイジングマシン(CIM)だ。これは、量子ニューラルネットワーク(QNN)や光ネットワーク方式の量子コンピュータとも言う。このImPACTでは、5つの適用分野を想定している。具体的には、標的タンパク質を見つける創薬分野、ネットワークのリソースの最適配分の無線通信の分野、スパース性を活用して元画像を再生する圧縮センシング分野、深層学習を実行する機械学習の分野、リスクと利益のポートフォリオを最適化する金融分野の5つだ。
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(出典:Codeine、参考6&7)

2.6 量子ゲート方式
IBMは汎用的な量子コンピュータの実現に向けて開発を継続している。2001年に核磁気共鳴器(NMR)を応用して素因数分解を実行した。しかし、NMR型では大規模化が難しいため、超電導方式での研究を始め、2016年6月に5量子ビット量子コンピュータを発表した。2017年5月には16量子ビット量子コンピュータを発表した。現在、一般公開されている量子コンピューターは「IBM Q Experience」としてクラウド利用可能だ。超電導方式を採用しているため、高価かつ大規模システムとなる。このため、クラウド経由でアクセスする方が利便性が高い。量子ゲート方式の大規模の量子コンピュータが完成しても、すべての機能がこれに集約するわけではない。現在のコンピュータとの役割分担が進むと考えられる。
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(出典:IBM、参考8)

3. 量子コンピュータの今後の課題
3.1 欧米・中国の投資プロジェクトに対抗できるのか

現在は、量子アニーリング方式を採用するD-Waveが一歩前進していると言える。これに対して、米国は国防総省(DARPA)/知能高等研究計画局(IARPA)は年間200億円程度の投資を国家的に進めている。そして、その中で開発した要素技術はベンチャー企業が事業化する仕組みだ。欧州の投資欧州委員会は2016年4月に10年で10億ユーロ(約1300億円)を投じる大型研究プロジェクトをスタートさせることを発表した。中国も1兆円規模の投資をしているという。これに対して、日本でも先述のImPACTに10年で300億円程度の投資を発表している。投資金額がすべてではないが、海外勢に比べて投資額が一桁少ない点が懸念事項だ。
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3.2 ターゲットはハードかソフトか
量子コンピュータの開発競争においてもハードウェアの競争とソフトウェアの競争がある。その両方に尽力する必要はあるが、西森教授によれば、ソフトウェアの分野ならまだまだ日本も戦えるという。日の丸プロジェクトとして頑張るのも大事だけど、例えばカナダとの連携を強化して、日本が得意な分野で存在感を増す戦略もあるのかもしれない。また、ユースウェアというか、実際に量子コンピュータをどのように活用して、実際の社会的課題をどのように解決するかという分野のノウハウを蓄積する戦略もあるのかもしれない。
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3.3 量子暗号化の光と影
仮想通貨の取扱い業者のコインチェックから仮想通過NEM(580億円相当)が盗まれたことが大きく報道されている。盗まれたNEMにはフラグが付いているが、ダークネットでマネーロンダリングをしたことが捜査関係者への取材で判明したという。盗んだこと、盗まれたことも問題だが、このダークネットの存在がより問題だ。一説には、個人情報の売買相場も決まっているという。利用者は犯罪者だけでなく、これを取り締まるべき情報機関も利用しているという。また、NEMで採用されているのと同じAPIを用いているのがMijinだ。Mijinは金融機関のコストを90%削減すると同時にセキュリティを強化するとして、日本の信託銀行三井住友トラストホールディングスが所有する住信SBIネット銀行の銀行サービスに追加するためテストされている。2015年12月、日本のSBI住信ネット銀行は、日本の大手研究グループであるNRINEMブロックチェーン技術Mijinのテストを依頼している。NEMと同様の被害がMijinで起きないように万全の対策が必要だ。そして、心配なのは、量子コンピュータによる暗号化だ。この技術が革新すると、2つのリスクがある。一つは、解読不可能と言われる暗号化を復号されるリスクだ。そして、もう一つは、悪意ある人が暗号化技術を活用するリスクだ。この懸念のため、量子暗号化の仕組みを特許として申請することについての是非が議論されている。つまり、特許申請すると、その仕組みをすべて明らかにするため、悪用される懸念があるからだ。国際政情の問題とも直結する懸念だ。自分にはちょっと難しすぎる課題だ。量子コンピュータは、懸念されたムーアの法則の限界を乗り越える技術であるが、その一方で影の部分あることを忘れてはいけない。

以上

参考1:https://www.dwavesys.com/sites/default/files/D-Wave 2000Q Tech Collateral_0117F_0.pdf
参考2:https://www.slideshare.net/masayukiminato/jan-2018-85514793
参考3:http://slideplayer.com/slide/5235189/
参考4:https://en.wikipedia.org/wiki/David_DiVincenzo
参考5:https://www.cbinsights.com/research/quantum-computing-explainer/
参考6:https://codezine.jp/article/detail/10544
参考7:http://www.jst.go.jp/impact/hp_yamamoto/overview/index.html