LuckyOceanのブログ

新米技術士の成長ブログ

イランのオイルタンカーの沈没事故はデザスター(災害)と呼ぶべきだ。

1. はじめに
世の中の安心安全を真剣に考えたいと思っている。先月発生したタンカーの衝突&沈没事故は日本国内では大きくは報道されていないが、海外では大きく報道されている。海外の知人からの指摘でことの大きさを知った日本人もいるという。タンカーとか、コンデンセートとか、聞きなれないムズイ言葉飛び交って何がどうなっているのかさっぱり分からなかったが、調べていくうちに何となく概要を理解できた。専門外ではあるが、技術者として今回の問題を無視するわけにもいかない。何が問題で、どのような対策を考えるべきなのかを考えてみた。海外では、今回のことをデザスター(災害)と呼んでいるが、本当にそうだと思う。単なる事故ではなく、災害が発生したという認識を日本人が持ち、その上で、的確な行動を冷静に進めることが求められているのではないかと思う。

2. 沈没事故の概要と問題点
2.1 サーンチー号と長峰水晶号
(1) サーンチー号の概要

サーンチー号(Sanchi)とは、2008年に建造されたパナマ籍の原油タンカーだ。イランタンカー社(National Iranian Tanker Company:NITC)が運営する。天然ガス・コンデンセート(以下は、単に「コンデンセート」という)13.6万トン(96万パレル)を満載し、イランから韓国に航海中だった。サーンチー号は、NITCからの注文に基づいて現代三湖重工業が製造した。全長 274.18メートルのスエズマックス・サイズのダブルデッキ構造で、船舶重量85,462トン、載貨重量164,154トンという巨大タンカーだ。32名の乗組員のうち1名の遺体は1月8日に回収し、1月13日にはサーンチー号の救命ボートの中にいた2名の遺体を収容し、船橋から航海データ記録装置(ブラックボックス)を回収した。コンデンセートは数回吸うと窒息するほどの猛毒であり、残る乗組員は全員死亡したとみられている。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204090838p:plain
(出典:Wiki、参考1)

(2) 長峰水晶(CF Crystal)号
長峰水晶号は、香港企業Changhong Group (HK) Ltd の注文に基づき中国江陰市の澄西船廠により2011年に製造されたパナマックス・サイズのばら積み貨物船だ。船舶重量41,073トン、載貨重量71,725トンである。Shanghai CP International Ship Management & Broker Co Ltd が運航していた。長峰水晶号は、米国カラマ港から中国広東省に向けて、穀類65,000トンを積んで航海中だった。衝突後、21名の乗組員は全員無事救助され、長峰水晶号は1月10日に中国の上海近くの舟山市へ牽引された。下の図の黄色の矢印だ。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204092828p:plain
(出典:Wiki、参考2)
(3) 衝突から沈没までの経緯
長峰水晶号は、事故現場の上海から東に300kmの場所で1月6日(土)の午後8時(CST)にサーンチー号と衝突して、前述のように舟山市に移動した。一方のサーンチー号には、4名の中国のサルベージ・チームが防毒マスクを着用して作業したが、乗船後半時間も経たないうちに風向きが変わり、有毒ガスにより作戦続行が難しくなった。1月10日(水)午後12時30分頃サンチ号の船首側の一部で爆発が発生した。中国の事故対応部隊は石油タンカーから離れざるを得なかった。日本の海上保安庁第十管区海上保安本部の巡視船こしきが、同日午後12時頃に現場海域に到着した。衝突事故発生後、約1週間後の1月13日(日)に中国からは13隻の船舶が出動して消火活動および捜索・救助の活動を行った。有毒ガスと90℃近くの高温の環境で捜索は難しく、先述の通り、合計3名の死者が確認され、行方不明は29名となった。その後も、激しい炎と風の影響を受け、赤色の矢印のように、奄美大島の北西300kmの地点まで漂流して、日本の排他的経済水域(EEZ)で沈没した。これは不可抗力だったのだろうか。その後の黒潮の影響を考えると日本にとっては最悪の沈没場所だ。そして、その結果最大13.6万トンのコンデンセートと機関用の重油最大1900トンが海上に流出する最悪の事態となった。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204095411p:plain
(出典:コトバンク、参考3)

2.2 コンデンセートの有害性と影響
(1) コンデンセートの有害性

コンデンセートは、天然ガス田から採取される原油の一種で地表において凝縮分離した軽質液状の炭化水素である。コンデンセートは、常温常圧において液体でナフサの成分とよく似ており、ガソリンや石油化学原料として利用されるが、硫黄(硫化水素)、ヒ素、水銀、鉛などの不純物を含むことがあり、毒性が高く、原油よりも爆発性がある。環境専門家は、広範囲の海洋生物を殺す可能性があると指摘しているという。
(出典:NOC、参考5)

(2) 1900トンの重油の影響
中国のサルベージクルーは、海上公害防止のために沈没したサーンチー号から最大1,900トンの重油を取り除かなければならないと中国輸送部関係者に警告したと報道されている。サルベージチームのZhi Guanglu氏は、セーリングデータとボイスレコーダーを含むタンカーの「ブラックボックス」を調べ続けている。英国国立海洋センターとサウサンプトン大学の科学者たちは、石油流出が1カ月以内に日本に到着し、3カ月以内に韓国沿岸に到着し、サンゴ礁や漁場を危険にさらす可能性があると述べた。中国は、韓国船1隻と日本船に参加するために5隻の船舶を送って、226平方海里に及ぶ浄化作業に参加した。また、中国の海底ロボットによる調査も進めている。さらに、1月25日に中国、香港、イラン、パナマが合同調査チームを設立し、事故を調査している。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204100327p:plain
(出典:NOC、参考6)

2.3 奄美大島への油状漂着物
2月1日の朝日新聞デジタルの報道によると、鹿児島県の奄美大島の海岸には、すでに油状の漂着物が確認されている。トカラ列島の宝島の海岸でも約7kmにもわたる油状の塊が見つかっているという。第10管区海上保安本部(鹿児島市)は、サーンチー号から流出した油と漂着物の成分を調べている。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204104053p:plain
(出典:朝日新聞、参考7)

2.4 海洋生物への影響
ロイターの報道によると、東シナ海には、クジラ、貝類、海鳥を含む海洋生態系が豊かであり、米国の海洋科学者、リック・スタイナーは「爆発と沈没は重要な魚産卵地で起きた。この時期、この地方は、養殖魚、カニ、ザトウクジラ、ライトクジラなど多くの海洋哺乳類の移動経路にもある」と語った。
(出典:ロイター、参考8)

2.5 人体への影響
グリーンピースの2月2日の報道によると、国際科学ユニット、ポールジョンストン博士は、「宝島は、NOC(National Oceanography Center)の予測より高いリスク領域の1つに見える。クジラと鳥は被害のリスクが高く、魚も汚染されている可能性がある。今回の事故の規模と潜在的影響を評価するモニタリングを強化すべきで、機械的な対策を優先すべきだ。化学的分散剤は避けるべきだ。化学的対策と蒸気洗浄は毒性を増加する。日本の当局は直ちに機械的な対策を開始すべきだ。そして、これに携わるすべての人は、適切な保護具を使用して、皮膚や吸入暴露から身を守るべきだ。」と述べている。
(出典:グリーンピース、参考9)

2.6 経済への影響
イラン国営石油会社の試算によると、サーンチー号の沈没による直接的な経済的損失は、積荷の喪失6千万ドル、船舶の喪失5千万ドル、合計約1億1千万ドルという。しかし、経済的な影響はこんなものではない。ドイツの保険会社によると、衝突による損失は数億ドルにもなる可能性があると指摘する。「貨物の価値と船体自体の価値は大きな影響だが、油汚染責任の側面が最大の要素だ。」という。イランの法律専門家Nigel Kushnerは、船体、貨物、公害および死亡の4つの異なる保険問題が存在するため、補償プロセスは複雑であり、「保険会社が支払うことはが合法だが、現実には不可能に近い」という。
(出典:Wiki、参考10)

2.7 イランの核問題に関する最終合意との関係
米国の金融機関は、2015年に締結されたイランの核問題に関する最終合意(JCPOA:参考12)に基づき、イランとのいかなる貿易も禁じられている。米国以外の銀行はイランと取引することができるが、米国の金融システムに関与してはならない。このため、保険会社の支払いに際して、米ドルを含む取引が問題となる可能性があるという。漁業を中心に日本が甚大な被害を受けた場合に、その損害は誰が補償するのか、本当に補償できるのかという経済的な問題は、日本の今後の数十年の経済に深刻な影響を与えると懸念される。  
(出典:インシュランスジャーナル、参考11)

3. 今回の沈没事故の課題
3.1 コンデンセート対策は十分だったのか

1989年にアラスカ沖で発生したエクソン・バルディーズ号の座礁事故をうけて、1992年に国際海事機関(International Maritime Organization:IMO)は、1993年以降に建造される600トン以上のオイルタンカーにはダブルハル構造を義務つけた。これは、日本発の建造規格であり、下の図のように、原油タンクを上下の2層に分け、カブタンクの底に穴が開いても、海水より比重の軽い原油はタンクの上方へ押しやられ、原油が漏れる事が無いというものだ。今回のサーンチー号もこれには対応していた。しかし、今回は重油ではなく、軽く発揮性の高いコンデンセートが爆発した。危険性の高いコンデンセートに対しては新しい規制や構造が必要では無いだろうか。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204111406p:plain
(参考:Wiki、参考12)

3.2 関係国及び日本の連携は適切だったのか
今回は関係国が多い。中心は、中国(香港を含む)とイランだが、韓国、米国、そして日本が密接に関係する。中国は、長峰水晶(CF Crystal)号の乗組員を全員救出し、長峰水晶号を中国の港に牽引した。しかし、問題のサーンチー号は結果的には日本のEEZまで漂流させ、沈没させている。大変な炎上の中、また猛毒が噴きあげる中どうしようもなかった状態とは想像するが、日本の海上保安庁を含めて、適切かつ最善の方策を講じたと言えるのだろうか。

3.3 各国及び日本のメディアの報道
欧米や豪州のメディアは細かく情報を展開している。中国のメディアでさえ、中国は最善を尽くしているというスタンスではあるが、最低限の情報を開示をしている。ネットでざっくりと確認した範囲では、日本のメディアの報道は次の通りだ。唯一、真摯に報道していると感じるのは琉球新報だ。一方、BBCでは、ほぼ毎日のように状況を報道している。なぜ、日本に大きな影響のある事件を日本の新聞社は日本語でもっと正確に適切に報道してくれないのだろう(涙)。

1) 朝日新聞デジタル:1月14日(沈没)と2月1日(油状漂着物)。海洋汚染の可能性に言及。
2) 読売新聞:1月14日と15日(沈没)、ただしウェブでは確認できず。
3) 日経新聞:1月7日(衝突)、中国の乗組員は無事救出できたという報道。
4) 毎日新聞:1月17日(オイル流出)、ただし、影響は考えにくいという報道。
5) 琉球新報:1月8日、14日、2月2日、被害の影響を懸念する記事を掲載。
6) 沖縄タイムズ:1月8日、海面に油が流出と事実のみを報道。

3.4 各国及び日本の研究機関の対応
立海洋センター(National Oceanography Centre:NOC)は、英国のサザンプトンとリバプールにある研究技術機関であり、 海洋科学や沿岸海洋研究の英国最大の機関だ。自然環境研究評議会(NERC)がNOCを所有している。このNOCは、海洋レベルの変化、気候変動における海洋の役割、コンピュータモデリングによる海洋の挙動の予測とシミュレーションを含む重要な科学課題に取り組んでいる。一方、国内では、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC:Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology)が国立研究開発法人だ。東京大学海洋研究所から移管された調査船を用いて、海洋、大陸棚、深海などを観測研究している。JAMSTECのホームページを見ると、平成9年1月2日に沈没したロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」の調査報告書を平成9年3月4日に展開している。今回は1月14日に沈没しているので、3月16日に報告書が出るのだろうか。しっかりと調査はしていると思うけど、もっとリアルタイムに中間報告を世の中に展開できないものなのだろうか。NOCのシミュレーション結果に対する異論があるならJAMSTECもしっかりと示してほしい。そうでなければ、ふるさと納税ではないけど、英国に納税したくなる(涙)。
(出典:NOC、参考14&15)

4. 今後に向けての対応策
課題は山積だが、やはり重要な課題は次の三点ではないだろうか。
4.1 国際連携の強化
中国とパナマとイランと香港の海事当局は、東シナ海の衝突を共同で調査することに対して2018年1月26日に合意している。数十年に一度のレベルの最悪事故の再発防止に向けて共同チームが組織された。なぜ、これに日本の海事当局は参加していないのだろう。日本独自の調査ももちろん重要だが、これら関係諸国の海事機関との連携は正しい状況を把握する上で必須ではないのだろうか。
(出典:ロイター、参考16&17)

4.2 日本主導の速やかな調査対策
関係国との連携に加えて、日本独自の調査や対策も待ったなしだ。しかし、今回の対応の難しさは、高い有毒性を有するコンデンセートと、海洋に重大な影響を与える重油の両方が流出している点だ。重油の方は、大変な作業だが、目に見えるし、除去の具合も見えるし、ノウハウもある。一方のコンデンセートは厄介だ。目には見えない上に毒性が高い。猛毒マスクの着用をしながらしかも広範囲な調査をどうやって行うのか。しかも、その被害は人間だけではなく、海洋生物や鳥類にも影響する。産卵期であることを考慮すると、漁業への影響は甚大だ。これまでのコンデンセートの流出事故は1トン未満であり、1000トンを超す流出事故は前代未聞だという。しかし、今回の流出は最大13万トンだ。正直、関係者も頭を抱えているのが実情ではないのだろうか。東日本大震災時に発生した放射能の海洋汚染に匹敵する事態だ。英語では、Oil Tanker Disasterと呼ぶが、日本語ではタンカーの沈没事故という。下の図は、その規模を示したものだ。どれだけ大変なことかイメージしやすいのではないだろいうか。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204122554p:plain
(出典:ロイター、参考18)

4.3 適切な報道
新聞業界の収支は以前調査した。発行部数が減少し、経営状況が苦しいのも理解できる。有料のウェブ会員を増やしたいのも理解できる。しかし、情報発信力が不足しすぎではないだろうか。これは新聞社の報道能力が低下しているのだろうか。日本人による日本人のための日本の新聞としてのプライドを持ってもっと適切に報道してほしい。しかし、報道能力や報道体制や報道方針が急に変わるとは思えないので、海外のメディアからの情報をよくウオッチするしかないのかもしれない。しかし、英語を読めなくても、フランス語を読めなくても、中国語を読めなくても、最近はネットで簡単に翻訳してくれるので、海外の新聞も内容を日本語で理解することはできる。そういう意味では良い時代になったのだろうか。

5. おわりに
オイルタンカーの深刻な事故が発生すると関係者が対策を講じる。しかし、今回のような揮発性が高く、かつ有毒性の高いコンデンセートの流出&爆発&沈没事故は想定されていなかったのかもしれない。コンデンセートという言葉自体も初めて聞いた人が多かったのではないだろうか。少なくとも私は知らなかった。本当に知らないことが多すぎる。ネットで見ると、コンデンセートを含めて、NGL(natural gas liquids)の需要が増加傾向だ。LNG液化天然ガスの略で、低温で加圧して液化させたガスのため、取り扱いコストが大きい。一方のコンデンセートは常温常圧で液体であるため取り扱いが容易だ。しかし、毒性が高いことに注意が必要だ。LNGと同程度の対策をしっかりと取っていたのだろうか。
f:id:hiroshi-kizaki:20180204123557p:plain
(出典:JOGMEC、参考19)

以上

参考1:https://en.wikipedia.org/wiki/Sanchi_(tanker)
参考2:https://ja.wikipedia.org/wiki/石油タンカー・サーンチーの衝突事故
参考3:https://kotobank.jp/word/排他的経済水域-112916
参考4:http://tank-accident.blogspot.jp/2018/01/32.html
参考5:http://noc.ac.uk/news/sanchi-oil-spill-contamination-could-reach-japan-within-month-update
参考6:http://www.scmp.com/news/china/society/article/2131664/chinese-salvage-crews-race-remove-oil-sunken-tanker-lessen
参考7:https://www.asahi.com/articles/ASL215G6SL21TLTB010.html
参考8:https://www.insurancejournal.com/news/international/2018/01/15/477142.htm
参考9:http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/press/2018/pr201802021/
参考10:https://ja.wikipedia.org/wiki/石油タンカー・サーンチーの衝突事故
参考11:https://www.insurancejournal.com/news/international/2018/01/11/476917.htm
参考12:http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_001474.html
参考13:https://ja.wikipedia.org/wiki/タンカー
参考14:https://en.wikipedia.org/wiki/National_Oceanography_Centre
参考15:https://ja.wikipedia.org/wiki/海洋研究開発機構
参考16:https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/1997/1997_NAHOTOKA/0305.html
参考17:https://www.insurancejournal.com/news/international/2018/01/26/478594.htm
参考18:http://fingfx.thomsonreuters.com/gfx/rngs/CHINA-SHIPPING/010060BV0RM/index.html
参考19:https://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/0/487/200211_048t.pdf