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実語教に学ぶモラル教育のあり方

情報モラル教育
スマホを代表とする情報機器をこどもたちは使いこなしている。しかし、その実態を大人は理解できず、指導できず、重大な問題が発生してから、これはまずい!となる。下の図は、文部科学省のホームページに掲載されている情報モラル教育の必要性を説く図だ。
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(出典:文部科学省、参考1)

現在の指導方針
同じく、文部科学省のホームページに掲載されている情報モラル教育の中で児童に身につけさせたいものを図示したものだ。心を磨く領域と知恵を磨く領域がある。ここに書いてあることはその通りだ。特に異論はないし、我々も同じ考え方で子供達に対してスマホやケータイの安全・安心な使い方を日々講演している。
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(出典:文部科学省、参考1)

DoとDo not
これは自己反省だ。子供達に対して、通常は45分という時間を頂いて、スマホやケータイの正しい使い方について講演する。しかし、実際には、正しい使い方を示すというよりは、トラブル事例に学ぶという考え方だ。つまり、実際に起きたネットのトラブル事例の動画を3本用意して、それぞれの動画を見てもらった後で、子供達同士で話し合いをしてもらい、その後私から何が悪かったのか、どうすれば良かったのかという説明をして、最後にまとめで締めていく。そんな手法だ。昨日も子供達に話をして、動画を見せて、その後前後左右の人と話し合ってというと、最初は戸惑いながらも一気に盛り上がった。時間にして30秒ほどだが、前後左右で6名ほどのグループに自然に分かれ、僕はこう思う。私はこう考えると活発に意見交換してくれた。そして、「前を向いてください」というとすぐに静かになったので、「素晴らしい!」と褒めると、次の時はもっとメリハリ感が強化された。講演が進むうちに、子供達の視線が集まり、心が一つになったように感じることができるのは少ないが、昨日はそんなゾーンに入ったような、手応えの感じられる1日だった。ここで言いたいことは、それでも、Do Notばかりを説明していて、Doを説明できていないのではないかという反省だ。

寺子屋教育のレビュー
自分が小学生の時も、道徳の授業はなんだかよくわからなかった。良いことをしなさい。悪いことをしてはいけません。そんな風に教わる。でも、何が良いことで、何が悪いことかという具体的な説明がなかったからだと思う。でも、最近、江戸時代の寺子屋教育や明治から戦前までの教育を振り返る機会があり、調べると非常に具体的だった。何をすべきか、何をしてはいけないのかが明確に教えられている。

童子教と実語教と三字経
代表的なものは童子教と実語教であり、中国では三字教だ。でも、これらの言葉を聞かれたことのある人、知っている人、読んだことのある人はどの程度いらっしゃるのだろうか?少なくとも自分は全く知らなかった。読んだことも見たこともなかったので簡単にレビューしてみたい。

(1) 童子教
童子教とは、Wikiによると、鎌倉時代から明治まで日本の初等教育に使われた教材だ。子供が身につけるべき基本的な事項が盛り込まれている。7歳から15歳向けというが、小学生の低学年の頃からこの写経をしたり、朗読をしたり、意味を諭されたりすることで子供達の道徳観のベースになるのだろう。
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(出典:Wiki、参考2)

(2) 実語教
実語教とは、平安の時代に作られ、江戸時代までの寺子屋の教材として使われた。約千年にわたって読み継がれたもの。文字どおり非常に実用的な教えだ。
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(出典:問道、参考3)

(3) 三字経
三字経とは、伝統的な中国の初学者用の教材だ。3文字で1つの句を形成している。13世紀の南宋の時代の作と言われている。日本では、「我日本」で始まる本朝三字経が作成されて、明治の下等小学校では8級に始まり、半年に1級つず進級したという。
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実語教の教えは非常に具体的だった
実語教は5字一句と対句が特徴だ。つまり、漢語ベースの5文字で一つの文章になっていて、原則5字と次の5字は対比されたり韻が踏まれていてリズム良く読めるように工夫されている。問道さんのブログに詳しく解説が掲載されている。興味ある方は是非原文を見て欲しい。そのうち、最初の7つについては問道さんに敬意を払った上で、引用させて頂きたい(出典:参考3)。

1. 山高(やまたか)きが故(ゆえ)に貴(たっと)からず
 木(き)有(あ)るを以(もっ)て貴(たっと)しとす
 山はただ高いから尊いのではない。
 木が茂っているからこそ尊いのだ。
 
2. 人(ひと)肥(こ)えたるが故(ゆえ)に貴(たっと)からず
 智(ち)有(あ)るを以(もっ)て貴(たっと)しとす
 人は裕福だから偉いのではない。
 智恵を持つからこそ偉いのである。
 
3. 富(とみ)は是(これ)一生(いっしょう)の財(ざい)
 身滅(みめっ)すれば即(すなわ)ち共(とも)に滅(めっ)す
 富というのは、生きている間だけ持てる物であり、
 死んで体が消滅してしまえば、同時に失う。
 
4. 智(ち)は是(これ)万代(ばんだい)の財(たから)
 命(いのち)終(お)われば即(すなわ)ち随(したが)って行(ゆ)く
 一方で、智恵は長い年月にわたって持続する宝である。
 命が終わっても、ついてくる。
 
5. 玉磨(たまみが)かざれば光(ひかり)無(な)し
 光(ひかり)無(な)きを石(いし)瓦(かわら)とす
 玉は磨かなければ光を発しない。
 光らない玉は、ただの石の塊だ。
 
6. 人(ひと)学(まな)ばざれば智(ち)なし
 智(ち)なきを愚人(ぐにん)とす
 人も学ばなければ智恵を持てない。
 智恵のない人は、愚人だ。
 
7. 倉(くら)の内(うち)の財(ざい)は朽(くち)ることあり
 身(み)の内(うち)の才(さい)は朽(くち)ることなし
 蔵の中にある財宝は朽ちてしまうことがあるが、
 体の中にある智恵は、朽ちることがない。

教育ルネッサンス
平安の時代に作られたという実語教の教えは、今読んでも色あせることはないと感じるのは自分だけだろうか。人が人として誇りを持って、社会を大切にし、自分を磨き、自然を大切にする。現代日本に欠けている部分があるとすれば、それは過去の貴重な遺産を現在の教育に活用していないことではないだろうか。

まとめ
現在にかけているものは何か。子供達がスマホやネットでトラブルに遭遇する。でも、学校はそういうものの利用はおろか、持ち込みを禁止している。したがって、問題が生じるのは学校外=家庭だ。だから学校の問題ではなく、家庭の問題だと言われることがある。多くの場合は、正しい使い方を子供達に説明してほしい、スマホの危険性を子供達に伝えてほしいと学校から要請されて子供達に説明する。そして、子供達は真剣に聞いてくれる。欠けているのは、子供の道徳心ではなく、学校における道徳教育ではないかと思うときがある。過去の日本ではどうしていたのかと調べると、今回取り上げた童子教や実語教に遭遇した。なぜ、現在の日本では、過去の貴重な遺産(ヘリテージ)を無駄にするのだろう。無視するのだろう。なかったものにするのだろう。現在の子供達に実語教で説かれている内容を教えることが、遠回りかもしれないが、子供達のモラル教育の王道ではないのかと感じる。また、技術士の立場でも、実語教の教えは、自然の保護の意味、会社における人材教育の意味、公益確保の意味でも秀逸な教えだと思う。
以上
最後まで読んでいただきありがとうございました。

参考1:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/056/shiryo/attach/1249674.htm
参考2:https://ja.wikipedia.org/wiki/童子教
参考3:http://mondou.hateblo.jp/entry/2015/05/08/021102