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LuckyOceanのブログ

新米技術士の成長ブログ

アドルフに告ぐと杉原千畝

アドルフに告ぐ」とは、手塚治虫の後期の代表作である。

 ベルリンオリンピックゾルゲ事件第二次世界大戦の敗戦などの歴史的事件をモチーフにして、3人のアドルフが中心になって、ヒットラーユダヤ人の血を引くという機密文書をめぐって翻弄されるという力作である。

 一方、杉原千畝は、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた時期に、欧州各地から逃れてきた6千人に上る避難民を救ったことで知られる。杉原からビザを発行してもらった避難民はシベリア鉄道を通じて極東の日本に向かうが、その途中のウラジオストックでも、同領事館の根井三郎の人道的配慮により、日本に入国が許された。

 当日の松岡洋右外務大臣は、杉原千畝に対してビザ発給条件を守るように再三訓令したが、一方で避難民が入国した後は外務省ではなく内務省の管轄であり、難民の対応に奔走していたユダヤ人学者小辻節三に滞在期間を延長するための便法を教えている。

 そのような多く日本人の人道的配慮により1940年10月に日本にやってきたユダヤ難民は当時の日本人に強烈な印象を残したという。特に、写真家の安井仲治に随行した若き日の手塚治虫(1928年〜1989年)はその時の体験をもとに「アドルフに告ぐ(1986年)」を書き上げた。

 手塚治虫は、後期には自身のルーツをたどった「陽だまりの樹」で第29回小学館漫画賞、「アドルフに告ぐ」で第10回講談社漫画賞を受賞したが、1988年に体調を崩して入院し、手術を受けている。当時、病症である胃癌を告知されずに病院で漫画の連載を続けたという。ただ、その遺作の一つの「ネオ・ファウスト」では主人公が胃癌にかかり、医者や周りの人はその病気を伝えないが、本人はそれを知っていて死亡するという内容だったという。

 誇るべき日本人が歴史上、たくさんいたことを我々は忘れてはいけないのだろう。